★☆☆ merry 01 ―――
少々乙女チックな恋愛もの。ただし何気に邪道。血の定めに人生を捧げるのか!?
*
プロローグ
その昔、美神ヴィーナスと契約した一族がいた。かの神にうりふたつな姿、生き人とは思えぬとまで謳われ、神の名を戴いてヴィーナス一族と称えられた。
その血統は今も絶えることなく、時の権力者や皇族に目を付けられたが故の束縛的な契約―――今や伝統となってしまっているが―――により、贅沢に暮らしている。
それは、かの一族に幸せを約束していたはずであったが・・・。
第1話 王城前夜
―――昼。
「どうしよう!」
なんてことだ。とうとうこの日がやって来てしまった!
メリーは髪を振り乱しながら途方に暮れていた。
もう一週間もすれば、第一王子が成人してしまう。そうなれば、我がヴィーナス一族の一人が奉公に出なくてはならないのだ。
しかも直系で未婚の人間が・・・。
そうなると候補は三人しかいないのだ。
「あたしか、マリアかウィズーか・・・」
妹のマリアと弟のウィズーは双子で、まだ学生だ。とても奉公なんか行かせられない。
何より可愛い大事な妹弟なのだ。
「こうなったら・・・、やっぱりあたしが行くしかないっ!!」
仕方ない。どうしようもない。これは運命なのだ、試練なのだ!
でも。
理不尽に悔しい。
「くそぉ〜〜っ。今に見てなさい、王族め!!」
拳を握り締めて天高くを見上げる。
「お城に行ったら、絶対王子いじめてやるっ!! ついでにメイドさんなんか、いびってやるっ!!
そして、王なんて、王なんて、暗殺よぉ〜っ!!
そしていつかお城なんか、乗っ取ってやる〜〜〜〜っ!!」
・・・決心は、ついた。
―――夜。
こんこん。躊躇いがちノックの後、ウィズーが顔を覗かせてきた。
「姉さん・・・。ちょっと、話があるんだけど・・・いい?」
真剣な、だがどこか思い詰めた感じのするその顔。それが彼の曖昧な美貌を惹き立てていた。
我が弟ながら美人。いつ見ても見飽きないんだけど、特に今とか・・・。
「あ、あの。姉さん? もしかして眠い?」
ついウィズーに見とれていた。
「ううん、違うわ。それで、話って何?」
「うん。あのね・・・姉さん」
「何?」
ウィズーは俯いた。話とは、言い出しにくいことなのだろうか。
「実はね、僕・・・」
心なしか声が震えている。ウィズーはそこで言葉を切って、メリーを覗き込むようにして言った。
「姉さんのこと、好きなんだ・・・」
吐き出された言葉。少し困ったように微笑んでいる彼の頬は上気していて、とても可憐である。
「あたしもウィズーのこと、好きよ」
即答だった。ウィズーは堪らず詰まった。
「・・・っ。あ、あのその、姉さん? 好きっていうか、・・・愛、してる、っていうか・・・。その、恋愛感情だよ・・・?」
恐る恐る聞く彼が、用心深く見えたのは、メリーだけであろうか。
「ええ、そうよ。ずぅっと前からウィズーのこと、好きだったの。愛してるわ、ウィズー」
「・・・」
ウィズーは頭痛を感じて頭を押さえた。しかし、彼は諦めなかった。
「・・・姉さん。明日から、王城へ行くんでしょ・・・? だから、僕、姉さんに会えなくなることを考えると、どうしようもなく寂しくて・・・切なくなって・・・。
せめて最後に、この気持ちを知っていて欲しくなって・・・。だから伝えに、来たんだけど・・・」
「ウィズー・・・」
「辛くて、だから・・・」
そう言ったかと思うと、ウィズーは屈んでメリーに微かに口付けた。
「・・・・・・」
弟によろめいていたメリーはちょっと思いっきり堪能してしまった。
「・・・・・・」
「・・・姉さん、顔、赤い・・・」
幸せそうに、林檎のような頬で言うウィズー。
「ウィズーの方が絶対に赤いわよ・・・」
ウィズーはそうかもねと笑い、メリーの髪に触れてから頬に触れた。
「姉さん。僕のこと、嫌いにならないでくれる・・・?」
やりきれなそうに浮かんだ笑みは、感情に任せてキスしたことを悔やんでいるように見えた。
メリーはウィズーの頭をぎゅっと抱きしめて言った。
「嫌いになるはずないじゃない。さっきも言ったでしょ? あたしはウィズーを愛してるんだからね!」
「よかった・・・。もし、嫌われたらどうしよう、って思ってた・・・」
「馬鹿ねぇ。そんなはずないのに。ウィズーのことも、マリアのことも、いつも想ってる。
幸せになりますようにって、いつも祈ってるのよ? 忘れないでよ」
「・・・姉さんが、姉さんでよかった・・・」
吐息と共に吐き出され言葉はメリーの耳には届かなかった。
「え? 何か言った?」
「ううん。何も。・・・姉さん。最後にもう一度だけ・・・」
夢見るような顔でせがまれ、メリーはそっと目を閉じた。
そして、再び・・・。
「・・・ごめんね。こんな夜遅くに来ちゃって・・・。どうしても今日会いたかったんだ。話したかった。・・・二人だけで。
だって、明日は姉さんを送る日だから・・・。最後のチャンスだと思って・・・」
「いいのよ、そんなこと。気にしないで」
「・・・ありがとう、姉さん。優しいね。
僕はね、思い残したくなかったんだ。後悔するなら当たって砕けた方がいい、ってやっと今日の夜に決心できた。
本当はもっと早く言いたかったけど、怖かったから・・・ダメだね、臆病で」
ウィズーはそう言って、ちょっとだけ笑った。
「別に臆病なんかじゃないわ。誰にだって怖いことのひとつやふたつ、あるものだし」
「本当?」
「本当よ」
「・・・姉さんには怖い物なんかひとつも無い、ってずっと思ってた」
「あたしにも怖い物のひとつやふたつ、もちろんあるわよ」
「・・・意外」
「怖くない振りしてるだけなの」
「・・・そうだったんだ。姉さんの秘密が知れるだなんて、思ってもみなかった。
・・・じゃあね。そろそろ寝なきゃ。・・・部屋に戻るよ、また明日。・・・それじゃあ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい、ウィズー」
名残惜しそうにドアから消えていくウィズーは、最後にちらりとこちらを振り返った。
不幸と幸せをない交ぜにしたような不思議な微笑を、メリーの胸に一瞬だけ残して。その姿はドアの閉まる微かな音と共に完璧に存在しなくなった。
廊下からは聞こえるはずの足音が、僅かたりとも聞こえてこず、ただその去り行く気配だけが肌に響いていた。
「好き、か・・・」
ウィズーは、無理やり出したみたいな溜息を吐いた。
切ない思いは結局報われなかったのかもしれない。伝わった手応えがなかった。
この空虚な気持ちは何だろう。
これが、後悔、というものだろうか・・・。
ウィズーの気配もしなくなった頃、メリーはひとり夢現の状態に陥っていた。浸りきっていた。
「ウィズー・・・」
ほっと胸につかえたような吐息を漏らして、熱すぎる体を冷たいシーツに潜り込ませた。
* * *
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